雛人形の種類

ひな祭りで飾る雛人形は、さまざまな種類があります。

中でも、一番古い形と思われるのは「流し雛」でしょう。

ひな祭りは、元々、人形(ひとかた)にけがれを託して海や川に流していたので、流し雛は古い風習の名残だと言えます。

源氏物語にも、人形を上巳節に流す場面が出てきます。

現在では、「下賀茂神社」などで流し雛の行事が、多くの地域で行われています。

お雛様というと、まず、座っているお雛様を思い浮かべる人が多いでしょう。

元々、「ひとかた」であったことによると、立っている「立雛」の方が古いと言えます。

江戸時代初期までは、立雛が残っていたようですが、ひとかたの名残から“紙”で作られていました。

そして、時代が進むにつれて、座雛が主流となりました。

江戸時代には、雛人形は大きく発展していきました。

雛人形には地域性が現れ、ある地域から発祥したものが、各地に伝わったものも現れました。

また、雛人形が豪華さを増していった一方で、素朴で味わい深い人形もたくさん作られていました。

その代表的なものは、「土人形」や「木目込人形」、「吊るし雛」です。

ちらし寿司

ひな祭りパーティーの料理と言えば、ちらし寿司と蛤(はまぐり)が入ったお吸い物でしょう。

「ちらし寿司」は、ひな祭りの言い伝えは特にありません。

ただ、エビは腰が曲がった姿から“長生き”を意味し、レンコンは穴が開いているため“見通しがきく”、豆は健康で“まめ”に働くことができる、という意味があり、これらの縁起の良い具材がお祝いの席に最適です。

また、玉子や人参、ミツバなどの色鮮やかな食材は春を呼び込むため、ひな祭りの定番料理となったのでしょう。

江戸時代、3月3日は「ひな祭り」であると共に、大潮に近いため“潮干狩りをする日”とされていました。

寒い冬が終わって、だんだんと暖かくなってきたこの時期の海は眺めも良く、たくさんの人が潮干狩りを楽しんでいたようです。

女性たちは「潮干小袖」という、潮干狩りをするために袖を短くした着物を着て、海へ向かったそうです。

3月3日は、元々、水辺に出かけて厄を払う日でした。

そんな風習が、江戸時代に入ってから「潮干狩り」と形を変えたのかもしれません。

そして、潮干狩りで採った蛤が、 ひな祭りの料理やお吸い物に使用されるようになったのです。

ひな祭り
雛人形
お気に入りサイト
当ホームページに関して
当ホームページは、管理人が作成したものであり、管理人によって管理されています。外部のホームページへのリンクは別ウインドウで表示されるようになっています。当サイトは、ユーザーにとっての使いやすさ(ユーザビリティ)を重視して制作しています。当サイトはリンクフリーです。当サイトへリンクする際に連絡は必要ありません。誤った記載やリンク切れ等を発見した時はメールにて連絡くださるようよろしくお願い申し上げます。